NPUとは
NPUとは、ニューラルネットワークの計算だけを引き受けるために、チップへ載せる専用の演算ユニットです。
ルネサスのMPU「RZ/V2L」の仕様表には、3D GPUとしてArm Mali-G31が載る一方で、NPUの欄はYesと記されています。同じ製品ページの本文では、そのAIアクセラレータが同社の「DRP-AI」であると書かれています(同社の製品仕様)。1つのチップの中に、絵を描く演算ユニットとAIの計算を担う演算ユニットが別々に用意されている構成です。
NEDOとルネサスが2022年12月に出した共同発表は、AIアクセラレータを、ニューラルネットワークなど機械学習のアルゴリズムを実行するエンジンと記しています。中核は積和演算ユニットで、ニューラルネットワークで多用される積和演算だけに特化した演算器を大量に並列動作させる構造です。
専用の演算ユニットをわざわざ載せる理由は、電力と発熱にあります。同じ発表は、AI処理には大量の演算が必要なため既存のAIチップでは発熱が実用化の障害になり、カメラやロボットへ載せるには発熱抑制のためのファンが要る点を挙げています。ファンは実装コストとスペース、そして騒音と故障を持ち込みます。
そのうえで、100Wクラスのパソコンで動かすような高度なAI処理を数W以内へ収める性能が要る、と同発表は述べています。この数字が、NPUという専用ユニットが生まれた理由です。
電力を食っている正体は、データの移動です
Section titled “電力を食っている正体は、データの移動です”ルネサスのDRP-AIホワイトペーパーによると、AIアクセラレータの消費電力は、行列演算そのものによる分に加えて、アクセラレータ内部と外部メモリのあいだのデータ移動による成分も大きくなってきています(2021年6月時点の同社の記述)。
同社は、GPGPUの高並列演算で広く使われるim2colという手法を引き合いに出しています。3×3のフィルタを使う畳み込み演算では、1画素のデータが9回のフィルタ演算に使われます。im2colは行列演算の並びに合わせて画像データをあらかじめ並べ直すため、1画素が9か所へ複製され、データ量が9倍にふくらみます。
DRP-AIの積和演算ユニットは、取り込んだデータを隣のレジスタへ送りながら使い回します。これにより、外部メモリと内部バッファから演算器へのデータロード回数が、GPUと比べて最大で9分の1になるとしています。
ゼロを飛ばします
Section titled “ゼロを飛ばします”もう一つ、NPUだけが使える近道があります。
同ホワイトペーパーによると、画像認識のAIでは、全レイヤの平均で50%以上の入出力データがゼロの値になります。積和演算の結果がマイナスになったものをゼロへ置き換える活性化関数が広く使われているためです。
ゼロを掛けた結果はゼロですから、この演算を走らせても答えは同じままです。DRP-AIは、演算の要素ごとに入力へゼロが来ることを事前に検知して、その動作を省くスイッチングを備えています。同社は、この仕組みによって不要な演算にかかる電力を削っているとしています。
削った分の代償
Section titled “削った分の代償”NEDOとルネサスの2022年12月の共同発表は、この方向をさらに進めた測定値を出しています。
認識精度への影響が小さい演算を省く枝刈りという手法をAI軽量化に使い、演算量を最大90%削減しました。そのとき認識精度の低下は3%程度にとどまり、ほぼ同等の精度を保てたとしています(モデルによって異なります)。電力効率は1W当たり10TOPSで、従来技術と比べて最大10倍、同社の現行製品と比べても10倍以上とされています。
この数字は、10分の1に軽量化した畳み込み層を試作チップで測った結果です。
専用にした分だけ、硬くなります
Section titled “専用にした分だけ、硬くなります”専用化には代償が付きます。ルネサスのDRP-AIホワイトペーパーは、消費電力を抑える手立てとして特定のAI処理に特化した専用ハードウェアを挙げたうえで、AIモデルは日々進化しているため、特定のAIに特化したハードウェアはすぐ陳腐化するという課題を並べて示しています。
同社の答えが、動的再構成という方式です。NEDOとの共同発表によると、チップ内の演算器の回路接続構成を、処理内容に応じて動作クロックごとに切り替えます。必要な演算回路だけが動くため消費電力が小さく、高速化も両立します。同ホワイトペーパーはさらに、学習済みモデルを実行ファイルへ変換するソフトウェアを継続して更新することで、ハードウェアを変えずに新しいAIモデルへ対応できるとしています。
こうした専用チップの開発は、公的な事業としても続いています。NEDOの「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発」は事業期間を2016年度から2027年度とし、2024年度の予算額は48億円です。
冷却の面での結果も公表されています。ルネサスの試作実験では、TinyYolov2を動かしたとき、市販のGPUがヒートシンク付きで表面温度79.0℃だったのに対し、DRP-AIの試作品はヒートシンクなしで40.9℃、フレームレートは42fpsでした(同社の試作実験)。製品版のRZ/V2Lの製品ページにも、ヒートシンクや冷却ファンなどの放熱対策が不要と記載されています。
よくある質問(FAQ)
Section titled “よくある質問(FAQ)”NPUとは何ですか?
ニューラルネットワークの計算だけを引き受けるためにチップへ載せる専用の演算ユニットです。ルネサスのMPU「RZ/V2L」の仕様表にはNPUの欄があってYesと記され、同じ製品ページの本文では、そのAIアクセラレータが同社の「DRP-AI」であると書かれています。
GPUとどう使い分けますか?
置き場所と役割で役目を分担します。産業技術総合研究所のABCI 3.0のように、大規模な学習はGPUを6,128基そろえたシステムが担います。手元の機器で学習済みの判断を走らせる部分を、NPUが小さな電力で引き受けます。
なぜAIの計算はそんなに電力を食うのですか?
演算そのものに加えて、データの移動が電力を占めるためです。ルネサスのDRP-AIホワイトペーパーは、AIアクセラレータの消費電力のうち、内部および外部メモリとのデータ移動による成分が大きくなってきたと記しています。
積和演算とは何ですか?
掛け算した結果を足し合わせる計算です。NEDOとルネサスの共同発表は、ニューラルネットワークの演算で積和演算が多用されるため、これに特化した演算ユニットを大量に並列動作させると高速化できると記しています。
枝刈りとは何ですか?
認識精度への影響が小さい演算を省くAI軽量化の手法です。NEDOとルネサスの共同発表によると、演算量を最大90%削減した場合でも認識精度の低下は3%程度にとどまったとされています(モデルによって異なります)。
TOPSとは何ですか?
1秒あたりの演算回数を兆回単位で表す言葉です。NEDOとルネサスは、1W当たり10TOPSという電力効率を2022年12月に発表しました。1W当たりの値が大きいほど、同じ量の演算をより小さな電力で終えられます。
専用にすると困ることはありますか?
柔軟性を手放す点です。ルネサスのDRP-AIホワイトペーパーは、特定のAIに特化したハードウェアがAIモデルの進化ですぐ陳腐化する点を課題として挙げ、回路のつなぎ方を動作中に切り替える方式でこれに備えたと記しています。
比較・違いを学ぶ
Section titled “比較・違いを学ぶ”この記事の事実は、誰でも読める公開資料を根拠とし、各URLの到達可否をこちらで実測しています。したがって、リンク先が移動または消滅した場合は、その旨をこのページへ反映します。
- NEDO・ルネサス「従来技術に比べて最大10倍の電力効率を実現した人工知能(AI)チップを開発」(2026年8月30日にリンク生存を実測、200)── AIアクセラレータと積和演算ユニットの位置づけ、発熱とファンの課題、100Wクラスを数W以内へ収める要件、枝刈りで演算量最大90%削減と精度低下3%程度、1W当たり10TOPS
- ルネサス「ホワイトペーパー 組み込みAIアクセレーター(DRP-AI)」(2026年8月30日にリンク生存を実測、200)── データ移動が消費電力を占める件、im2colで9倍、ロード回数が最大9分の1、ゼロ値が平均50%以上、表面温度79.0℃と40.9℃、42fps
- ルネサス「RZ/V2L 汎用マイクロプロセッサ」(2026年8月30日にリンク生存を実測、200)── 仕様表のNPU欄のYesと3D GPU欄のArm Mali-G31、本文のDRP-AI搭載と放熱対策が不要という記載
- NEDO「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発」(2026年8月30日にリンク生存を実測、200)── 事業期間2016年度から2027年度、2024年度の予算額48億円
- 産業技術総合研究所 ABCI「計算資源」(2026年8月30日にリンク生存を実測、200)── 大規模な学習側がGPU 6,128基のシステムで走るという対比の根拠