ミキサとは
ミキサとは、2つの入力を掛け合わせて、和と差の周波数の信号を作る回路です。 増幅器が信号の大きさを変えるのに対し、ミキサは信号の周波数そのものを移します。
電子情報通信学会の知識ベース「知識の森」は、周波数混合器(ミキサ)を、2つの入力を掛け合わせて周波数の足し算と引き算、すなわち周波数変換を担う回路と位置づけています(10群6編9章、執筆者は香西昌平氏、2009年6月受領)。周波数を移す利点としては、帯域を用途ごとに割り振れること、そして無線通信ではアンテナのような受動素子を小型にできることを挙げています。
2つの入力のうち一方は特別です。同章によれば、片方の入力はたいていPLLで作られた高周波の周期信号にあたり、これをLO信号と呼んで、残る入力信号(IN)と区別します。入力を低い周波数へ移す向きの使い方をダウンコンバージョンミキサ、高い側へ移す向きをアップコンバージョンミキサと呼びます。
掛け算は、和と差を同時に作ります
Section titled “掛け算は、和と差を同時に作ります”掛け算という動作から、受信機の設計を左右する性質が1つ出ます。同学会の受信機の章は、モバイル通信用受信機の基本構成として、RFの帯域通過フィルタ(BPF)、低雑音増幅器(LNA)、受信ミクサ、受信フィルタの順に図示し、受信ミクサの手前のBPFがイメージ応答を抑える役目を負うと書いています(4群1編11章、執筆者は伊東健治氏、2009年1月受領)。
イメージ応答とは、局部発振波の周波数fpを挟んで反対側にある周波数が、希望波と同じ中間周波数fifへ降りてくる現象です。同章は、fp+fifとfp−fifの2つがfpを中心に対称の位置へ並ぶとし、片方を希望波の周波数に選んだとき、残る片方をイメージ周波数と呼んで、受信スプリアス応答の原因に数えています。受信ミクサ前段のフィルタでの減衰量が足りずに通り抜けた干渉妨害波は、受信ミクサで中間周波数へ変換され、感度を劣化させる場合があるとも書いています。
同学会のMMICの章は、混合波の周波数として、直流、入力信号finとその高調波m・fin、局部発振波fpとその高調波n・fp、およびそれらの混合波m・fin±n・fpが出力されるとし、所望の混合波以外の混合波はスプリアスになると書いています(10群7編3章、執筆者は伊東健治氏と下沢充弘氏、2009年5月受領)。周波数を自由に移せる代わりに、所望以外の組み合わせも一緒に生まれます。
理想のスイッチでも、変換利得には天井があります
Section titled “理想のスイッチでも、変換利得には天井があります”同章は、ミキサの基本動作を局部発振波による信号波のスイッチングとし、理想スイッチのデューティ比δに対する変換利得を示しています。LO電力を高めるほど高いデューティ比になって変換利得が高まり、δ = 0.5で最高値−3.92 dBに漸近して飽和するとしています。実際のミキサでは、理想スイッチの機能を半導体素子の非線形動作が代替するため、接合面の寄生抵抗や容量により変換利得が低下し、そのためFETなどのアクティブ素子を使って周波数変換と同時に増幅も行うとしています。
同章が挙げる開発例では、広帯域なマーチャントバランを使ったリングダイオードミキサがRF周波数6〜18 GHzで変換損11.5 dB以下、チップは2.6 mm×2.2 mmです。ミリ波帯のゲートミキサは変換利得8 dBで1.2 mm×2.9 mm、アンチパラレルダイオードペア(APDP)を使った偶高調波ミキサは40 GHz帯における変換損10 dBで1.7 mm×1.5 mmです。いずれも同章が引用する報告値です。
素子と分波回路の組み合わせで型が決まります
Section titled “素子と分波回路の組み合わせで型が決まります”同章は、ミキサの中身を、スイッチングを担う半導体素子と、LO波や入出力信号を行き先ごとに分ける分波回路の2つに分けており、MMIC上ではショットキー障壁ダイオード(SBD)やMESFETが使われ、GaAs MMIC上のSBDの障壁電位は0.7 V程度としています。近年はSiやSiGeプロセスのバイポーラトランジスタやCMOSプロセスを使ったギルバートセルミクサも使われるとしています。
分波の作りには段階があります。10群6編9章は、INだけを差動にした構成をシングルバランスミキサ、LOも差動にした構成をダブルバランスミキサと呼び、前者では出力側へLO信号がそのまま漏れるのに対し、後者ではLO信号の漏れを抑えられる利点があるとしています。LSIで多く採られるのはダブルバランス型のスイッチングミキサで、LO信号を受けるスイッチトランジスタへ直流のバイアス電流を与える構成をアクティブ型、そのバイアスを省いた構成をパッシブ型と呼びます。ダブルバランスでアクティブ型のものは、発明者の名前からギルバートミキサと呼ばれます。
同章は、近年パッシブ型がよく使われるようになった理由として、低電圧動作が可能でフリッカ雑音の影響を受けにくい点を挙げ、あわせて出力インピーダンスが小さいこと、利得の点で不利なこと、LO信号に要求される振幅がアクティブミキサより大きくなることを課題として挙げています。
レーダは、差の周波数で距離を測ります
Section titled “レーダは、差の周波数で距離を測ります”三菱電機技報は、2016年3月号の前方監視用ミリ波レーダの記事で、FMCW方式を採ったミリ波レーダの構成を示し、受信MMICが送信波と受信波を掛け合わせ、チャープごとに両者の周波数の差にあたるビート信号を得ると書いています。この差の周波数をビート周波数と呼びます。ビート信号はベースバンドアンプで増幅されたのちMCUでA/D変換して取り込まれ、FFTでビート周波数が観測され、そこから対象物との距離と相対速度を算出します。
同記事が挙げる試作品の仕様は、中心周波数76.5 GHz、レーダ方式FMCW、距離測定範囲0.5〜200 m、相対速度測定範囲−260〜+100 km/h、角度測定範囲−34〜+34度、寸法はW99×H80×D40 mmです。同社が目標として掲げた試作品の値です。通信の受信機では周波数を下げるために使う掛け算を、レーダでは電波が往復した遅れ時間そのものを周波数へ移すために使っています。
集積回路の中では、ミキサが2つ並びます
Section titled “集積回路の中では、ミキサが2つ並びます”三菱電機技報は2010年11月号のSi高周波集積回路技術の記事で、0.35 μm SiGe BiCMOSプロセスで試作したDSRC車載器用RFICの構成を示し、1st MIXと2nd MIXという2段のミキサを、LNA、VCO、PLL、変調回路とともに同じIC上へ載せています。チップサイズは3.6 mm×3.2 mmで、受信時の雑音指数が6.2 dB、入力換算の1 dB利得圧縮電力が−34.5 dBmです。5.8 GHz帯の同社試作品の値です。
段を重ねる作りは、受信機の側の事情から来ます。同学会の受信機の章は、高選択度のIFのBPFを使うスーパヘテロダイン方式が高いダイナミックレンジを持ち、大半の無線用受信機に使われてきたとし、RFからベースバンドへ直接周波数変換を行うダイレクトコンバージョン方式については、受信側の選択度をベースバンドのフィルタで持たせられるので集積化に向き、携帯端末への採用が進んでいるとしています。周波数を何段で落とすかという選択が、そのままチップの構成に出ます。
よくある質問(FAQ)
Section titled “よくある質問(FAQ)”ミキサとは何ですか?
2つの入力を掛け合わせて、和と差の周波数の信号を作る回路です。電子情報通信学会の知識ベースは、周波数混合器(ミキサ)を、2つの入力を掛け合わせて周波数の足し算と引き算、すなわち周波数変換を担う回路と位置づけています。
増幅器とはどこが違いますか?
動かす対象が違います。増幅器は信号の大きさを変え、ミキサは信号の周波数を移します。同学会の知識ベースは、入力を低い周波数へ移す向きの使い方をダウンコンバージョンミキサ、高い側へ移す向きをアップコンバージョンミキサと呼ぶとしています。
2つ目の入力は何ですか?
局部発振波(LO信号)です。同学会の知識ベースは、片方の入力がたいていPLLで作られる高周波の周期信号にあたるとし、これをLO信号と呼んで、もう一方の入力信号と区別するとしています。
なぜ周波数を移すのですか?
同学会の知識ベースは、周波数を移す利点として、帯域を用途ごとに割り振れること、無線通信ではアンテナのような受動素子を小型にできることを挙げています。
イメージ応答とは何ですか?
局部発振波を挟んで反対側にある周波数が、希望波と同じ中間周波数へ降りてくる現象です。同学会の受信機の章は、局部発振波の周波数fpに対してfp+fifとfp−fifが対称に並ぶとし、片方を希望波に選んだとき残る片方をイメージ周波数と呼ぶとして、受信ミクサの手前のBPFでイメージ応答を抑えると書いています。
ミキサは信号を増幅もしますか?
回路の型によります。同学会のMMICの章は、理想スイッチによる変換利得がデューティ比0.5で最高値−3.92 dBに漸近するとし、実際のミキサでは半導体素子の寄生抵抗や容量により変換利得が低下するため、FETなどのアクティブ素子を使って周波数変換と同時に増幅も行うとしています。
通信以外でも使いますか?
使います。三菱電機技報は、FMCW方式のミリ波レーダについて、受信MMICが送信波と受信波を掛け合わせ、両者の周波数の差にあたるビート信号を得ると書いています。このビート周波数から対象物との距離と相対速度を算出します。
比較・違いを学ぶ
Section titled “比較・違いを学ぶ”- LNA(低雑音増幅器)とは ── ミキサが信号の周波数を移すのに対し、LNAは信号の大きさを変えます
- 化合物半導体とは ── GaAs MMIC上のショットキー障壁ダイオードなど、ミキサの素子を支える材料の側です
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- 電子情報通信学会「知識ベース『知識の森』10群6編9章 高周波回路」(2026年8月30日にリンク生存を実測、200)── 周波数混合器の位置づけ、LO信号の役割、ダウンとアップの呼び分け、シングルバランスとダブルバランス、アクティブ型とパッシブ型の得失
- 電子情報通信学会「知識ベース『知識の森』10群7編3章 MMIC要素回路技術」(2026年8月30日にリンク生存を実測、200)── 理想スイッチの変換利得と−3.92 dBの天井、混合波とスプリアス、SBDの障壁電位、リングダイオードミキサ・ゲートミキサ・偶高調波ミキサの開発例
- 電子情報通信学会「知識ベース『知識の森』4群1編11章 受信機」(2026年8月30日にリンク生存を実測、200)── 受信機の基本構成におけるミクサの位置、イメージ応答、スーパヘテロダイン方式とダイレクトコンバージョン方式の違い
- 三菱電機「技報 2016年3月号 前方監視用ミリ波レーダ」(2026年8月30日にリンク生存を実測、200)── FMCW方式の受信MMICにおける混合とビート信号、試作品の中心周波数と測定範囲
- 三菱電機「技報 2010年11月号 Si高周波集積回路技術」(2026年8月30日にリンク生存を実測、200)── DSRC車載器用SiGe RFICに載る2段のミキサ、チップサイズ、受信時の雑音指数と1 dB利得圧縮電力