MRAM(磁気抵抗メモリ)とは
MRAMとは、電荷の量に代えて磁石の向きで情報を覚える不揮発性メモリです。 産業技術総合研究所は、トンネル磁気抵抗素子(TMR素子)を用いた不揮発性メモリーの一種であり、不揮発性・高速・低消費電力・低電圧駆動・高集積度といった優れた特性を備えるとしています。微小磁性体の磁化方向として情報を記憶するため、電源を切っても情報が保持されると記しています。
これまで見てきたメモリは、いずれも電子の居場所で情報を保っていました。DRAMはコンデンサに電荷をため、SRAMは回路が互いの状態を保ち合い、フラッシュメモリは絶縁体に囲まれた膜に電子を閉じ込めます。
MRAMは違います。覚えているのは、磁石の向きです。
電子情報通信学会の公開知識ベースは、素子の構造を次のように記しています。MRAMは、Bit LineとWord Lineの交点にある記憶セルとして、TMR(Tunnel Magneto–Resistance)効果をもつMTJ(Magnetic Tunnel Junction)を用いているとしています。
MTJの中身も、同じ資料に書かれています。MTJはトンネル障壁とこれを挟む二枚の磁性層からなり、一方は磁化の方向が固定された参照層、他方は磁化の方向が書き換えられる記憶層として使われます。
片方は向きが固定で、もう片方は書き換えられます。この2枚の向きの関係が、そのまま情報になります。
同資料は、MTJが各々の磁化が平行の場合に小さな抵抗値(Data“0”に対応)を、反平行の場合に大きな抵抗値(Data“1”に対応)をとるとしています。
産総研のプレスリリースも同じ内容を記しています。TMR素子に含まれる二つの強磁性電極の磁化の相対的な方向により高抵抗状態と低抵抗状態をとり、それぞれを「1」と「0」に対応させて情報を記憶できるとしています。
読み出しは、抵抗の大小を比べる操作です。ルネサス エレクトロニクスは、MRAMの読み出しでは一般に差動増幅回路(センスアンプ)でメモリセル電流と参照電流を比較し、その大小関係から“0”と“1”を区別するとしています。
書き込み1回で、上書きします
Section titled “書き込み1回で、上書きします”フラッシュメモリの記事で、消去がブロック単位であることを見ました。MRAMの書き換えは、この消去を省いた書き込み1回で済みます。
ルネサス エレクトロニクスは、複数のニュースリリースでこの点を挙げています。2022年のリリースは、MRAMが消去動作を省けるため書き換え時間を短縮できるとし、2024年のリリースも、消去動作が不要なためフラッシュメモリに比べて書き換えが高速だとしています。
エネルギーの面でも差があります。2021年のリリースは、MRAMの書き換えに必要なエネルギがフラッシュメモリより小さく、特に頻繁な書き換えを伴う用途では本質的に有利だと述べています。フラッシュメモリとの比較は、いずれも同社が自社のリリースで示した内容です。
磁石をひっくり返すだけなので、書き換えは書き込み1回で済みます。 電子を注入したり抜いたりする方式との、根本的な違いです。
書き込みには、3つのやり方があります
Section titled “書き込みには、3つのやり方があります”MRAMという言葉は、複数の世代をまたいで使われています。資料ごとに記述がずれるときは、どの世代の書き込み方式を指しているかを確かめると理由が分かります。
産総研のプレスリリースは、データ書込方式の違いにより、磁界書き込み型MRAM、電流書き込み型MRAM(STT-MRAM)、電圧書き込み型MRAM(電圧トルクMRAM)の3種類に分類しています。
電子情報通信学会の同知識ベースも同じ3分類を挙げ、磁界書き込みはすでに実用化されており、残る二つはMRAMの大容量化を狙って活発に研究・開発されているとしています。この節で引く学会資料とJEITAの用語集は、いずれも2009年から2010年ごろの記述です。
いま実用化が進んでいるのは、2つめのSTT方式です。産総研は、書込みを電流によって生じるスピントルク(Spin Transfer Torque: STT)磁化反転で行うとし、2017年のリリースでは、垂直磁化TMR素子をベースとしたSTT-MRAMがギガビット級の大容量化を可能にし、国内外のメーカーが製品化を進めているとしています。
注意が要る点があります。JEITAの半導体用語集のMRAMの項は、磁気抵抗効果をもつGMR膜やTMR膜を記憶素子に用いた不揮発性メモリとし、電流の切り替えによって発生する磁界をスイッチすることで“0”“1”の状態を実現すると記しています。この記述の対象は磁界書き込み方式に限られ、STT方式は別の資料で追う必要があります。
配線の階で作れる、という利点
Section titled “配線の階で作れる、という利点”MRAMが注目される理由の1つは、性能そのものより、どこで作れるかにあります。
ルネサス エレクトロニクスの2022年のリリースは、微細プロセスに混載される不揮発メモリとしては、構造的にFEOLで形成されるフラッシュメモリより、BEOLで形成されるMRAMの方が有利だと述べています。
FEOLはトランジスタを作る工程、BEOLはその上に配線を作る工程です。フラッシュメモリはトランジスタの階に作り込む必要があるのに対し、MRAMは上の配線の階に作れます。
だから、ロジックの微細化を邪魔しにくくなります。マイコンに不揮発メモリを載せたいとき、この階の差が方式の選定を左右します。
弱点は、読み出しの余裕
Section titled “弱点は、読み出しの余裕”ルネサスは、利点とあわせて課題も明示しています。
2022年のリリースは、MRAMがフラッシュメモリより読み出しマージンが小さく、読み出し速度の低下が課題だったとしています。2024年のリリースはより具体的で、MRAMはフラッシュメモリに対して“0”状態と“1”状態のメモリセル電流の差(リードウィンドウ)が小さく、高速リードのためにはリードウィンドウの真ん中に参照電流を正確に合わせ込む必要があるとしています。
0と1の差が小さいぶん、判定基準となる参照電流をリードウィンドウの真ん中へ精密に合わせ込む必要があります。書き込みは楽でも、読み出しには工夫が要ります。
なお、同社は試作結果として数値も公表しています。以下は同社の試作チップについての公表値で、2024年のリリースにある「世界最速」という表現も同社の主張です。2022年は22nmロジック混載プロセスで32Mbitのアレイを試作し、最大接合温度150℃でランダムアクセス時間5.9ns、書き換えスループット5.8MB/sとしています。2024年は同プロセスで10.8Mbitのアレイを試作し、最大接合温度125℃でランダムアクセス周波数200MHz超、書き換えスループット10.4MB/sとしています。
不揮発性には、壁の高さという条件が付きます
Section titled “不揮発性には、壁の高さという条件が付きます”「電源を切っても中身が残る」と聞くと、永久に保たれるように思えます。実際は、熱とのせめぎ合いです。
産総研の2015年のリリースは、STT-MRAMが記憶層磁性体の磁化方向として「1」あるいは「0」としての情報内容を記録するとしたうえで、磁性体が数十nm程度と小さい場合には、室温程度であっても熱エネルギーの影響による磁化揺らぎによって記憶層の磁化方向がランダムになってしまい、記憶が失われると書いています。
素子を小さくするほど、熱で向きが乱れやすくなります。
だから、保持は目標として規定されます。同リリースは、STT-MRAMでは10年間にわたって磁化方向、つまり記憶が保持されることを規定した記憶安定性の指標を設けているとしています。
電子情報通信学会の同知識ベースは、この「壁の高さ」を数値で示しています。10年間の不揮発性をもたせるためには、エネルギーバリアの大きさを60 kBT程度とする必要があるとしています(kBはボルツマン定数、Tは絶対温度です)。
60 kBT という数字は、熱エネルギーの何倍の高さが要るかを表しています。不揮発とは、壁が十分に高いという意味です。 壁が低ければ、熱で乗り越えられてしまいます。
どこまで置き換わるのか
Section titled “どこまで置き換わるのか”MRAMは「究極のメモリ」と語られることがあります。公開資料が実際に書いている範囲は、次のとおりです。
電子情報通信学会の同知識ベースは、書き換え回数が無制限の不揮発性メモリはMRAMだけだとし、MRAMがDRAMと同程度に大容量化されれば究極の不揮発性ワークメモリが実現するとしています。
同知識ベースの別の章は、用途ごとに有望なメモリを挙げ、Working Memoryに関してはEndurance特性からFeRAMとMRAMが有望で、将来の高密度化の可能性からSpin注入型MRAMが注目されているとしています。
産総研も、MRAMが高速・大容量・不揮発性(低消費電力)の機能を併せ持ち、ユニバーサルメモリーとしての普及が期待されているとしています。
ただし、条件が付いています。電子情報通信学会の同節は、磁界書き込み方式のセルサイズを論じた文脈で、DRAMのセルサイズが6〜8 F2であるため、残念ながらDRAMを置き換えることは困難だと考えられると述べています。この見通しの対象は磁界書き込み世代のセルサイズに限られ、STT方式を含むMRAM一般の結論は、この記述の範囲の外にあります。
素子の小ささについては、産総研が2015年のリリースで、従来の半導体メモリー(DRAM)を代替するには20ナノメートル(nm)以下の素子サイズが必要とされるところ、同所の成果により素子サイズ19 nmの超高集積化STT-MRAMの実現が見込まれるとしています。
期待は大きく、条件も具体的に示されています。それが、公開資料から読み取れる現在地です。
よくある質問(FAQ)
Section titled “よくある質問(FAQ)”MRAMとは何ですか?
産業技術総合研究所は、不揮発性メモリーの一種で、トンネル磁気抵抗素子(TMR素子)を用いたメモリーだとし、微小磁性体の磁化方向として情報を記憶するため電源を切っても情報が保持されると記しています。
どうやって0と1を区別するのですか?
電子情報通信学会の公開知識ベースは、MTJが各々の磁化が平行の場合に小さな抵抗値(Data“0”に対応)を、反平行の場合に大きな抵抗値(Data“1”に対応)をとるとしています。
書き込み方式は1つですか?
3つあります。産総研は、データ書込方式の違いにより磁界書き込み型MRAM、電流書き込み型MRAM(STT-MRAM)、電圧書き込み型MRAM(電圧トルクMRAM)の3種類があるとしています。
フラッシュメモリとの違いは何ですか?
消去の要否が違います。ルネサス エレクトロニクスは、MRAMは消去動作が不要であるため書き換え時間の短縮が可能だとしています。また、書き換えに必要なエネルギがフラッシュメモリより小さいとも述べています。
なぜロジックに混ぜやすいのですか?
作る階が別だからです。ルネサスは、微細プロセスに混載される不揮発メモリとしては、構造的にFEOLで形成されるフラッシュメモリより、BEOLで形成されるMRAMの方が有利だとしています。
弱点はありますか?
読み出しの余裕です。ルネサスは、MRAMがフラッシュメモリに対して“0”状態と“1”状態のメモリセル電流の差(リードウィンドウ)が小さく、高速リードのためにはリードウィンドウの真ん中に参照電流を正確に合わせ込む必要があると述べています。
不揮発なら記憶は永久に残るのですか?
条件付きです。産総研は、磁性体が数十nm程度の小さい場合には室温程度であっても熱エネルギーの影響による磁化揺らぎによって記憶層の磁化方向がランダムになってしまい記憶が失われるとし、10年間にわたって記憶が保持されることを規定した記憶安定性の指標を設けているとしています。
比較・違いを学ぶ
Section titled “比較・違いを学ぶ”- フラッシュメモリとは ── 電子を閉じ込めて覚える側
- メモリ階層とは ── どの段を埋めようとしているのか
この記事の事実は、誰でも読める公開資料を根拠とし、各URLの到達可否をこちらで実測しています。したがって、リンク先が移動または消滅した場合は、その旨をこのページへ反映します。
- JEITA(電子情報技術産業協会)半導体部会「半導体用語集」(2026年8月30日にリンク生存を実測、200)── MRAMの見出し語の記述(磁気抵抗効果をもつGMR膜やTMR膜を記憶素子に用いた不揮発性メモリ、電流の切り替えによって発生する磁界をスイッチすることで“0”“1”の状態を実現すること)。この記述の対象は磁界書き込み方式に限られ、STT方式は別の出典から採っています。あわせて不揮発性メモリの見出し語にMRAMが列挙されていることも、別の見出し語から採っています
- 電子情報通信学会『知識の森』10群4編3章「不揮発性高速RAM」公開PDF、3-2節「MRAM」、2009年3月受領・ver.1/2010.4.14(2026年8月30日にリンク生存を実測、200、application/pdf)── MRAMがBit LineとWord Lineの交点の記憶セルとしてTMR効果を有するMTJを用いていること、MTJがトンネル障壁とこれを挟持する二枚の磁性層からなり一方が参照層・他方が記憶層であること、各々の磁化が平行の場合に小さな抵抗値(Data“0”)・反平行の場合に大きな抵抗値(Data“1”)をとること、10年間の不揮発性をもたせるためにエネルギーバリアの大きさを60 kBT程度とする必要があること、書き込み原理に磁界書き込み・スピン注入書き込み・磁壁電流駆動書き込みの三つがあり磁界書き込みはすでに実用化されていること、書き換え回数が無制限の不揮発性メモリはMRAMだけでありDRAMと同程度に大容量化されれば究極の不揮発性ワークメモリが実現すること。なお、DRAMのセルサイズが6〜8 F2であるためDRAMを置き換えることは困難だとする記述は、磁界書き込み方式のセルサイズを論じた文脈でのものです
- 電子情報通信学会『知識の森』10群4編1章「各種メモリの分類と位置付け」公開PDF、2008年10月受領・ver.1/2010.4.14(2026年8月30日にリンク生存を実測、200、application/pdf)── Working Memoryに関してEndurance特性からFeRAM、MRAMが有望であり、将来の高密度化の可能性からSpin注入型MRAMが注目されていること
- 産業技術総合研究所「不揮発性磁気メモリーMRAMの3次元積層プロセスを開発」プレスリリース、2017年5月16日(2026年8月30日にリンク生存を実測、200)── MRAMが不揮発性メモリーの一種でトンネル磁気抵抗素子を用いたメモリーであり不揮発性・高速・低消費電力・低電圧駆動・高集積度といった特性を備えること、微小磁性体の磁化方向として情報を記憶するため電源を切っても情報が保持されること、データ書込方式の違いにより磁界書き込み型・電流書き込み型(STT-MRAM)・電圧書き込み型(電圧トルクMRAM)の3種類があること、垂直磁化TMR素子をベースとしたSTT-MRAMがギガビット級の大容量化が可能で国内外のメーカーが製品化を進めていること、MRAMが高速・大容量・不揮発性の機能を併せ持ちユニバーサルメモリーとしての普及が期待されていること
- 産業技術総合研究所「不揮発磁気メモリー(STT-MRAM)の記憶安定性を2倍に向上」プレスリリース、2015年12月17日(2026年8月30日にリンク生存を実測、200)── TMR素子に含まれる二つの強磁性電極の磁化の相対的な方向により高抵抗状態と低抵抗状態をとりそれぞれ「1」と「0」に対応させて情報を記憶できること、書込みが電流を流して生じるスピントルク磁化反転により行われること、磁性体が数十nm程度の小さい場合には室温程度であっても熱エネルギーの影響による磁化揺らぎによって記憶層の磁化方向がランダムになり記憶が失われること、10年間にわたって記憶が保持されることを規定した記憶安定性の指標を設けていること、DRAMを代替するには20nm以下の素子サイズが必要とされ同所の成果により素子サイズ19nmの超高集積化STT-MRAMの実現が見込まれること(最後の項目は同所の研究成果についての記述です)
- ルネサス エレクトロニクス ニュースリリース「22nmロジック混載STT-MRAMの回路技術を開発」2022年6月16日、および「ロジック混載MRAMマクロを開発」2024年2月21日(いずれも2026年8月30日にリンク生存を実測、200)── 微細プロセスに混載される不揮発メモリとしてFEOLで形成されるフラッシュメモリよりBEOLで形成されるMRAMの方が有利であること、MRAMがフラッシュメモリより読み出しマージンが小さく読み出し速度の低下が課題であったこと、“0”状態と“1”状態のメモリセル電流の差(リードウィンドウ)が小さく高速リードのためには参照電流を正確に合わせ込む必要があること、MRAMは消去動作が不要であるため書き換え時間の短縮が可能であること、読み出しが差動増幅回路でメモリセル電流と参照電流を比較して行われること。あわせて2021年12月14日のリリース(同日実測、200)から、MRAMが書き換えに必要なエネルギがフラッシュメモリより小さく頻繁な書き換えを伴う用途では本質的に有利であること。試作チップの数値(22nmロジック混載プロセス、32Mbitアレイ、最大接合温度150℃でランダムアクセス時間5.9ns・書き換えスループット5.8MB/s/10.8Mbitアレイ、最大接合温度125℃でランダムアクセス周波数200MHz超・書き換えスループット10.4MB/s)および「世界最速」という表現は、いずれも同社が自社の試作結果として発表しているものです