プレストン式とは
プレストン式とは、CMPの除去レートを、研磨圧力と相対速度の積に比例させて表す経験則です。 板ガラス研磨機の理論として1927年に示された関係を、半導体のCMPがそのまま借りています。
荏原製作所の辻村学氏による精密工学会誌の解説は、CMPの機械的作用がプレストンの式に従うものとして、研磨速度PR(m/s)、研磨圧力P(Pa)、相対速度V(m/s)、定数k(Pa⁻¹)を用いたPR=kPVの形を挙げています。金沢工業大学の畝田道雄氏による同誌の解説は、同じ関係をRR=η・p・vと書き、ηをプレストン係数と呼び、その出典として1927年の板ガラス研磨機に関する論文を挙げています。東亞合成の研究年報は、研磨時間tを掛けて研磨量として書くRA=k・p・ν・tの形を使っています。速度で書くか総量で書くかの違いで、中身は同じ経験則です。
この式が現場で働くのは、動かせる量と受け身に決まる量を、一本の線で仕分けるからです。レートの当て込みは副次です。
2020年度精密工学会春季大会で名古屋大学・金沢大学・荏原製作所の連名により発表された講演論文は、この仕分けを言葉にしています。研磨圧力と相対速度は機械側の入力条件で精密な安定制御が実現されている一方、研磨効率はさまざまな要因に依存して受け身に決まる状態量であり、その推定とモニタリングの技術は今後の課題だ、という書き方です。同じ講演論文は、発泡ポリウレタン製パッドIC1000を対象とした場合について、真実接触面積が約1%となるようにアスペリティ(ドレスで作られる突起状の構造)の先端が工作物に接触し、その界面や縁に捕まった砥粒が材料除去に働くと述べています。ウェーハ面積の100分の1だけが当たっているので、パッド表面の作り方が変わればηが動きます。
ηが実際にどれだけ動くか
Section titled “ηが実際にどれだけ動くか”畝田氏の解説は、ηの変動を2通りの実験で報告しています。ひとつは連続研磨です。両面同時研磨装置で直径300mmのシリコンウェーハを連続研磨すると、1回目のコンディショニング直後にいったん上がった研磨レートが、その後は研磨回数を重ねるにつれて低下し、2回目のコンディショニングで元の水準へ戻ります。同時に取得した接触画像では、接触領域の数が減り、一部が凝集していく様子が写ります。研磨レートの推移は接触点数の推移とほぼ同じで、凝集の度合いを表す分散度とはおおよそ逆に動きます。
もうひとつは、研磨圧力と回転数を一定にしたままの比較です。4種類の不織布タイプ研磨パッドと吸着性の異なる2種類のスラリーを組み合わせると、接触界面を流れるスラリーの線速比(スラリー流速をパッド線速度で割った値)は0.664から0.990まで散らばり、そのときの研磨レートも並んで動きます。畝田氏は、線速比と研磨レートの相関係数として0.933を示し、圧力と回転数を一定にしてもレートが動く以上、プレストン係数はスラリー線速比に比例すると解釈できると述べています。同氏の重回帰分析は、線速比を目的変数、スラリーの吸着性・パッドの接触点数・パッドの密度を独立変数に取り、相関係数0.936を得ています。使われたパッドの接触点数は122、69.9、62.0、51.6(1/mm²)、密度は390、436、467、590(kg/m³)です。金沢工業大学における実験系の値です。
レシピの再現性が崩れたときに真っ先に疑う先は、設定値として残るpとvより、記録の外にあるη側です。
つまみを回すと、裏側で何が動くか
Section titled “つまみを回すと、裏側で何が動くか”研磨圧力p を上げると、式の通りレートは1乗で上がります。差し出すものは2つあります。ひとつは平坦化性能で、辻村氏は、平坦化性能について荷重は低いほうが、相対速度は速いほうが、パッドは剛性が高いほうが良いという事実が分かっている、と書いています。もうひとつは熱です。フジミインコーポレーテッドの森永均氏によるトライボロジスト誌の解説は、研磨の摩擦が加工面の摩耗と同時に摩擦熱を生み、加工面が数十度まで温まる場合も多いとしたうえで、加工面の温度が10℃上がると化学作用はおよそ2倍まで速くなるとしています(活性化エネルギーが51kJ/molのときの目安で、実際の値によって前後します)。大型基板では中心へ熱がたまり、その部分の研磨レートが上がって平坦性が崩れます。圧力を上げるほど、面内分布と表面荒れの側が悪化します。逆に圧力を下げると不足したレートを研磨時間で埋めることになり、ディッシングとエロージョンが進みます。
相対速度v は、辻村氏の記述では、平坦化性能とレートの両方へ同じ向きに働く、まれなつまみです。ただし速度を上げても、界面へスラリーが付いてこなければηが落ちます。森永氏は、温度の均一化策として定盤のチラー活用、スラリー流量の最適化、パッドへの溝構造形成によるスラリー排出の促進を挙げています。速度を上げる操作は、CMPスラリーの供給とCMPパッドの溝設計とセットになります。
コンディショニング はη側を直接触るつまみです。名古屋大学らの講演論文は、ドレス量にもプレストン則が当てはまると仮定してドレス量を組み立て、ドレス量が増えるほど有効に接触するアスペリティの本数が多くなるとする一方、ウェーハが当たることでアスペリティが塑性流動して目つぶれが起きるとして、目立てとダメージの釣り合いで研磨効率と摩擦係数が動くとしています。同論文は、この動的モデルで推定したプラテントルクが、モータ電流から推定した実測トルクと極めてよく一致したと報告しています。強くドレスすればηは戻りますが、パッドの寿命を削ります。ドレス圧力とドレス時間の決め方はパッドコンディショニング側のつまみです。
圧力の1乗から外すと、段差が速く消えます
Section titled “圧力の1乗から外すと、段差が速く消えます”東亞合成の藤本悠椰氏による研究年報は、CMP後の膜平坦性を上げるには、研磨量に対して圧力が1乗より大きく影響する非プレストニアン性を示す添加剤が有効とされる、と述べています。同社が求める添加剤の姿は、低圧部では膜に吸着保護して研磨速度を下げ、高圧部では膜から剥がされて元の研磨速度を維持する、というものです。同年報は、リビング重合で分子量分布を狭くしたポリアクリル酸系と、疎水ユニットをブロック状に配置したポリスルホン酸系が、従来型ラジカル重合品より圧力応答性に優れたと報告しています。測定条件はEngis製EJ-380CH-Y、研磨盤回転数60rpm、研磨時間2分、荷重1kgと6kg、パッドIC1000/SUBA400、対象はSiO₂膜とSiN膜、シリカ10wt%にポリマー0.05wt%、pH11という条件で、圧力応答性は6kgfと1kgfの研磨速度比で表しています。同社の社内測定の値です。
差し出すものは、後工程です。森永氏は、防食剤や界面活性剤や水溶性ポリマーといった表面保護剤について、凹部への薬液の攻撃を抑える働きを述べたうえで、選ぶ際には、表面へ吸着する強さと、洗浄で落とせるかどうかの両方を採否条件に入れる必要があると書いています。凹部に強く残る保護膜ほど平坦化には働きますが、そのままCMP後洗浄へ持ち越されます。Cu-CMPのように防食剤が必須の工程では、この持ち越しが有機残渣として跳ね返ります。
何を測るとηが分かるか
Section titled “何を測るとηが分かるか”畝田氏は、ダブプリズムの全反射面に研磨パッドを押し当てて接触領域からの拡散反射を撮る接触画像解析法を提案し、接触点数・分散度・接触率・接触点間隔の4つのパラメータで定量化しています。名古屋大学らの講演論文は、プラテントルクをモータ電流から推定し、パッド表面状態の動的モデルによる予測値と突き合わせています。同論文は、玉井らが研磨トルクと研磨効率の高い相関へ着目して、摩擦係数は研磨効率に比例する機械的な性質を実験で示したと紹介しています。トルクの立ち上がりと減衰は、STIや層間絶縁膜の研磨でレートが動いたときに、まず当たるべき波形です。
よくある質問(FAQ)
Section titled “よくある質問(FAQ)”プレストン式とは何ですか?
CMPの除去レートを、研磨圧力と相対速度の積に比例させて表す経験則です。荏原製作所の辻村学氏による精密工学会誌の解説は、研磨速度PR、研磨圧力P、相対速度V、定数kを用いてPR=kPVと書いています。
プレストン係数には何が入っていますか?
圧力と速度以外のほぼ全部です。金沢工業大学の畝田道雄氏による解説は、プレストン係数へスラリーの機械的作用と化学的作用が畳み込まれており、その解明はいまだ途上にあるとしています。パッド表面の状態、砥粒、温度、界面の流れが、この1文字へ畳まれています。
圧力を2倍にすればレートも2倍になりますか?
式の上では2倍です。ただし辻村氏の解説は、平坦化性能について荷重は低いほうが良いという事実が分かっていると述べています。レートを買う代わりに平坦化性能と摩擦熱を差し出す取引になります。
圧力と回転数を固定すれば、レートは一定になりますか?
レートは動きます。畝田氏の解説は、研磨圧力や回転数を一定にしたにもかかわらず、接触界面を流れるスラリーの線速比によって研磨レートが変化したと報告しています。同じpとvでも、ηが動きます。
プレストン係数は何を測ると分かりますか?
摩擦です。名古屋大学・金沢大学・荏原製作所の連名による講演論文は、玉井らが研磨トルクと研磨効率の高い相関に着目し、摩擦係数が研磨効率に比例する性質を実験的に明らかにしたと紹介しています。プラテントルクはモータ電流から拾えます。
非プレストニアンとは何ですか?
研磨量に対して圧力が1乗より大きく作用する関係のことです。東亞合成の研究年報は、CMP後の膜平坦性を上げるにはこの性質を示す添加剤が有効とされると述べています。低圧の凹部では膜に吸着して保護し、高圧の凸部では剥がされて元の研磨速度へ戻る添加剤が望まれる、という筋です。
パッドの真実接触面積はどのくらいですか?
見かけの1%程度です。名古屋大学らの講演論文は、発泡ポリウレタン製パッドIC1000を対象とした場合について、真実接触面積が約1%となるようにアスペリティの先端が工作物に接触すると述べています。削る仕事をしているのは、この1%だけです。
比較・違いを学ぶ
Section titled “比較・違いを学ぶ”- CMP後洗浄とは ── 研磨したあとに残るものを引き取る工程で、この式の外側にあります
- パッドコンディショニングとは ── プレストン係数を現場で動かす、いちばん直接的なつまみです
この記事の事実は、誰でも読める公開資料を根拠とし、各URLの到達可否をこちらで実測しています。したがって、リンク先が移動または消滅した場合は、その旨をこのページへ反映します。
- 精密工学会誌「半導体プロセスのCMP技術」荏原製作所 辻村学(2026年9月3日にリンク生存を実測、200)── PR=kPVの形と単位、平坦化性能に対する荷重・相対速度・パッド剛性の向き
- 精密工学会誌「半導体プラナリゼーションCMP技術 研磨の『見える化』に基づくメカニズム分析へのアプローチ」金沢工業大学 畝田道雄(2026年9月3日にリンク生存を実測、200)── RR=η・p・vの表記、連続研磨でのレート低下と回復、スラリー線速比と研磨レートの相関0.933、重回帰の相関係数0.936、接触点数と密度の実測値
- 2020年度精密工学会春季大会講演論文集「研磨パッドの表面状態を考慮したCMPプロセスのモデル化」名古屋大学・金沢大学・荏原製作所(2026年9月3日にリンク生存を実測、200)── 圧力と相対速度が機械側の入力で研磨効率が受け身の状態量であること、IC1000での真実接触面積約1%、ドレス量へのプレストン則の適用、トルクによる検証
- 東亞合成グループ研究年報 TREND 2025 第28号「CMP用ポリマー添加剤の開発」東亞合成 藤本悠椰(2026年9月3日にリンク生存を実測、200)── RA=k・p・ν・tの表記、非プレストニアン性の記述、圧力応答性の測定条件
- トライボロジスト 第70巻第5号(2025)解説「化学機械研磨(CMP)の原理と進化:半導体・多様な素材への応用」フジミインコーポレーテッド 森永均(2026年9月3日にリンク生存を実測、200)── 摩擦熱による加工面の加温、10℃で化学作用が2倍程度になる目安、表面保護剤の吸着性と洗浄性の両立